ブラジリアン柔術黒帯までの道のり~茶帯編①~

ありがたいことに今日でサイジムは無事9周年を迎えることができました。また自分も41歳になりました。格闘技始めるときはこんな未来が待ってるとは思ってもみなかったけど、辛いときも継続したことで今があると思ってます。

それでは柔術茶帯編です。2011年11月に茶帯を巻いたんですが、紫帯時代は約1年半で14試合でした。紫帯をもらったときも思ったんですが、もともとの考え方が総合ありきの柔術稽古だったんで、茶帯もらったから柔術の試合はもういいかな~って思っててそもそも自信もなかったし。

そんな2012年は1月に小室宏二セミナー、2月はUFCがさいたまスーパーアリーナで開催。3月は埼玉でビギナーMMA、柔術マスター選手権、5月は新潟で初開催のDUMAU、北信越アマ修斗選手権、6月は東北アマ修斗選手権、7月コパブルテリア、ノービスオープン、シュートボクシング、サイジムファイト、9月は全日本アマ修斗、11月アマ修斗東京大会、埼玉でビギナーMMA、ゼロスファイト、12月にアマ修斗関東オープンとサイジム2年目にして多くの選手が育ってきて、修斗、柔術、キック、シュートボクシングと多くの大会に参戦していた。改めてサイジムって当時からめっちゃ試合出てたんだな~

そんな2012年は自分にも大きなイベントがあってそれは長女の誕生。今でこそこの長女誕生物語は笑い話になるけど当時はほんとに大変な1日でした、、そんな生死を彷徨った話はこちら

てかなり話がそれましたが、そんなみんなの一生懸命な姿に触発されて12月23日に行われたDUMAU JAPAN CUPで茶帯デビューしました。俺以外にもますみ、ゆたか、ゆういちが白帯でよっしーが青帯で出場。

茶帯ペナ級1回戦。いままで柔術人生で2試合だけ自己嫌悪した試合があってそれがこの1戦。開始際に相手の引き込みに合わせてパス狙うも相手のクローズドガードに入ってしまい、それを6分間解けずに時間切れで負け。このディフェンシブルな自分の戦い方にすごく腹が立って、なんでこんなクソみたいな試合しるんだろうって自分自身に怒ってしまって、なんか楽しくもないし、なんのために試合に出てるんだろうと思い悩み、それで吹っ切れて俺はやっぱり攻撃スタイルなんだよと言い聞かせそのまま無差別級の試合に。初戦はパスして勝ち、そして2回戦は階級別で負けた相手。相手選手は全く悪くないのになんか1人で絶対一本取ってやると燃えていて結果は膝十字で一本勝ち。準決勝も積極的に攻めてA1-0で勝ち、そして決勝戦。この試合は一番柔術で成長させてくれた試合で本日5試合目で精神的にも肉体的にもピークに来ていたけど、絶対獲ってやると決めていた。そういうときは絶対自分から行くんだよね。このときも開始にタックルねばられるけどテイクダウン。下から三角締めされ極まりかけるけど脱出。でもスイープされ同点。ここからは柔術というよりはいつものスタイル。スクランブル勝負するも残り1分切ったところで同じスイープされ最後はほんとに力尽きて動けなくなった。結果は絞めで1本負けだったんだけど、絞めは相手もかなり疲れていたようで苦しくなかったんだけど、ニーオンで実はタップした感じ。試合後も動けなかった。でもほんとやりきった試合ですごく良かった。負けたけど、柔術で一皮むけたと思った試合だった。

https://youtu.be/LEiu62Z_R6w
相変わらず柔術的ではなく、柔術的なスイープでやられてる、、笑

てな感じで茶帯デビュー戦はすごく自分自身に変化を持たせてくれたそんな大会でした。

つづく

白青帯時代はこちら紫帯時代はこちら

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